東京地方裁判所 平成8年(ワ)14575号 判決 1997年11月27日
原告 X
右訴訟代理人弁護士 松島洋
同 松村真理子
被告 株式会社東京相和銀行
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 田辺克彦
同 伊藤ゆみ子
同 加野理代
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物についてされた別紙登記目録記載の根抵当権設定登記及び附記1ないし3号の各根抵当権変更登記の各抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という)を所有する原告が、被告に対し、これに設定された別紙登記目録記載の根抵当権登記及び附記1ないし3号の各根抵当権変更登記(以下ではこれらの登記を「本件各登記」と総称することがある)の各抹消登記手続を求めたところ、被告が、右各登記は被告と原告の代理人である母との間で有効に成立した根抵当権設定契約等に基づくものであるとして、正当な登記保持権限を有する旨主張して右請求を争ったという事案である。
一 争いのない事実など
1 原告(昭和四〇年○月○日生)は、本件不動産を所有しているが、同不動産には、本件各登記が存在している。
2 原告の母である訴外B(以下「B」という)は、昭和六一年二月二五日、被告との間で、披告の訴外株式会社三井商事(代表取締役C。以下では同人を「C」といい、同社を「訴外会社」という)に対する相互銀行取引による一切の債権、手形・小切手上の債権を担保するため、本件不動産について、極度額を一一〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の合意をした(以下「本件根抵当権設定契約」という)。
3 Bは、その後、被告との間で、本件根抵当権の極度額をそれぞれ以下のとおりに増額変更する旨の合意をした(以下ではこれらを「本件根抵当権変更契約」という)。
昭和六一年五月三〇日 六〇〇〇万円
昭和六二年五月一一日 一億円
同年一一月三〇日 二億円
4 そして、本件根抵当権設定契約及び同変更契約に関する書面(乙一ないし四号証)のうちの原告作成部分は、いずれも、Bが原告の氏名を記載して原告の実印を押捺して作成したものである(証人Bの証言及び原告本人の供述)。
二 争点―Bの包括的代理権の存否
(被告の主張)
1 原告は、その父D(以下「亡D」という)が昭和五五年二月二六日に死亡したため、相続により取得した本件不動産を含む財産について、原告が成人した昭和六〇年○月○日以降、その管理及び処分を行う包括的代理権を母Bに対して授与した。
本件根抵当権設定契約及び同変更契約は、Bが、原告から授与されていた右包括的代理権に基づき、原告の代理人として被告との間で締結したものであり、本件各登記も右各契約に基づくものであるから、有効である。
2 Bは、亡Dの死亡時には同人と離婚していたため、その遺産分割に際しては、亡D・B間の原告を含む三人の子供たち(以下「原告ら子供たち」という)のために、亡Dの後妻及びその子供らとの間で分割協議を行い、相続財産の原告ら子供たちへの配分は自らが取りしきった。
本件不動産を含む一団の土地(D家の自宅分)は原告が取得することになったが、昭和五八年にその土地の一部に賃貸マンションを建築することとした際の太陽神戸銀行(当時)からの借入れ及びその後の被告への借替え、同マンションから上がる賃料収入の管理や原告ら子供たちの所有名義とされた他の相続財産の処分等は、すべてBが行い、その際の書面作成においては一貫して原告ら子供たちの署名押印を代行するなどしてきた。
その間、原告は、Bの右財産管理行為に対して異議を唱えたことはなく、賃料収入や処分した不動産の売得金等には関心がなく、自らが成人し、会社を設立するまでになった後も、平成七年頃に至るまで、原告の実印、印鑑登録カード及び本件不動産の権利証等をBの保管に任せるままにしていたのである。
これらの事実関係によれば、原告がBに対して、黙示的にせよ、原告の財産の管理及び処分について包括的な代理権を授与していたことは明らかである。
3 なお、原告は、本件不動産について第三者のために根抵当権を設定するというような行為は原告にとって一方的に不利益な行為であり、他の財産管理行為とは明らかに性質を異にする旨主張するが、Bは、訴外会社から、本件の物上保証の見返りとして、昭和六一年から平成七年九月頃まで毎月三〇万円(以下「本件保証料」という)を受領し続けていたのであり、このような多額の金員の授受を原告が知らなかったはずがなく、右保証料がBを通じてB家の生活費等に使われ、原告もこれによる利益を受けていたものである。それゆえ、原告は、Bの右行為により、一方では利益を享受しておきながら、訴外会社の経営不振によって本件根抵当権の実行が現実のものとなるや、その不利益性だけを強調し、無権代理を理由としてその効力を否定するようなことは許されないというべきである。
(原告の反論)
1 「被告の主張1」の事実はすべて否認する。
原告は、Bに対し、被告主張のような広範な包括的代理権を授与したことは全くない。
2 被告の主張するBの行為のうち、遺産分割及び前記マンション建築の際の銀行借入れの点は原告ら子供たちの親権者として行ったものであり、また、右借入れ及びその後の借替えについては、原告の個別の承諾のもとにされたものである。そして、マンションから上がる賃料収入の管理も、原告の成人前からBが行っていたため、その成人後も、引き続いてBが処理していたというものであり、他の相続財産の処分についても、Bが賃貸中の土地の底地権だけを売却したというものであるところ、これらは、いずれも、原告の承諾なしにされたものであるが、原告としては、やむなくその結果を受け入れ、これをとがめていないというだけのことにすぎない。
以上のとおり、原告がその成人後にBに対して広範な包括的代理権を授与し、財産の管理処分を委ねたという事実はない。
3 そして、本件不動産についての物上保証は、Bが行った他の相続財産の管理及び処分とは性質を異にし、原告にとってみれば何らの利害関係のない訴外会社のために根抵当権を設定するというものであり、一方的に不利益なだけの行為であるから、原告がBに対して右のような行為を行うことをも許容するような包括的代理権を授与するはずがない。
なお、Bが訴外会社から本件保証料を受領したとする点については、当時、原告はそのような事実を知らなかったし、Bは、これらの金員を、前記マンションの賃料収入や底地権の売却代金と同様、その当時信仰していたa教会からの多額の物品購入や献金等に充てていたものであって、原告自身が本件保証料による利益を享受したことはない。
第三当裁判所の判断
一 被告は、本件根抵当権設定契約及び同変更契約の締結につき、Bが原告から包括的代理権を授与されていたと主張し、これに沿う事実として、「被告の主張2」に記載した諸事情を主張する。
そこで検討するに、まず、原告の成人前に、Bが、前記遺産分割の際に相続財産の原告ら子供たちへの配分を自ら取り決めたこと及び前記マンションを建築する際の銀行借入れの手続を行ったとする点について具体的にみてみると、証拠<省略>によれば、亡Dの死亡後、遺産分割の調停が昭和五七年七月頃に成立したが、Bは、右当時、原告ら子供たちがいずれも未成年であったため、同人らの親権者として、相続財産の配分とその後の財産管理を行うようになり、あわせて権利証や子供たちの印鑑等を自宅の金庫において保管していたこと、本件不動産を含む一団の土地は原告が取得したが、原告とBは、昭和五八年に右土地の一部に賃貸マンションを建築することにし、同年一〇月、右建築資金を太陽神戸銀行から借り入れたこと、その際の融資や担保設定の手続についてはBが担当したが、このときの根抵当権設定契約証書(甲一二号証)の「根抵当権設定者・債務者」欄には原告自身が住所氏名を自署して押印し、これに続いてBが親権者母と明記した上で署名押印したこと、右マンションは昭和五九年三月頃に完成したが、Bは、右マンションからの賃料収入を他の賃貸土地から上がる地代等ともに管理し、これを生活費のほか、固定資産税や銀行に対する支払に充てていたことが認められる。
右認定事実に基づいて考えると、Bは、原告の成人前においては、本件不動産を含む相続財産について、原告の親権者としてその管理に当たり、原告自身もこれに関与していたことが認められ、その間、Bが原告の印鑑等を保管していたことについては、親権者としての通常の行為であったとみることができる。
2 次に、原告が成人する前後を通じて、Bが、原告ら子供たちの相続財産を他に売却したこと及び太陽神戸銀行からの前記借入金を被告に借り替える手続を行ったとする点をみると、前掲各証拠<省略>を総合すれば、Bは、亡Dの死亡に伴う相続税支払のため、原告ら子供たちが取得した相続財産のうちいくつかの銭湯の敷地を売却したこと、その後、Bは、昭和六〇年頃にa教会に入信し、多額の物品の購入や献金等を行うようになり、そうしたことから、昭和六一年頃以降、原告ら子供たち名義の財産(底地権)を次々に売却して換金するようになったが、これら売却の事実を原告ら子供たちに伝えることをしなかったこと、そのため、右売却処分によって大半の不動産を失くした他の子供は、本件不動産やマンションを失わずに所有する原告に対して、不平不満を述べていること、また、Bは、昭和六〇年一二月二五日、太陽神戸銀行からの前記借入金を被告に借り換えたが、その際には、原告自身が相互銀行取引約定書(甲一三号証)等に署名押印したことが認められる。
さらに、Bが、訴外会社のために本件不動産に本件根抵当権を設定する見返りとして、月額三〇万円の本件保証料の支払を受けてきたとする点については、証拠<省略>によれば、Bは、昭和六一年初め頃、Cから、訴外会社の事業拡張のために被告から融資を受けたいので、原告所有の本件不動産に根抵当権を設定させて欲しいとの申出を受け、五年間くらいにわたって月額三〇万円を支払うとの提案をしてきたため、原告に相談することなくこれを了承し、同年二月二五日、Cが持参した根抵当権設定契約証書(乙一号証)に原告の氏名を書いて押印したこと、その後も、Bは、三度にわたり、Cの依頼に応じて根抵当権の極度額を増額することとし、右同様にその旨の書面を作成したが、これについても、原告に相談することはなかったこと、Bは、平成七年九月頃まで、Cから本件保証料を受領していたが、原告に対して右金員受領の話をしたことはなかったこと、Bは、平成六年頃にa教会を脱会するまで、同教会に対し、前記物品購入や献金名目により合計約五二〇〇万円もの金員を支払ってきたことが認められる。
一方、原告の生活状況についてみると、証拠<省略>によると、原告は、昭和六一年二月当時、既に成人していたものの、アルバイトをしながら音楽学校に通うというような生活を送っていたこと、平成元年一〇月頃に貸スタジオを営む会社を設立したのちも、平成七年頃まで、原告個人の実印や印鑑登録カード等をBの保管に任せていたこと、原告は、平成八年五月に結婚する頃まで、原告宅においてBと同居していたことが認められる。
3 以上認定の事実関係に基づいて考えると、Bは、原告の成人後においても、自己が原告ら子供たちの親権者として相続財産を管理していたことの延長として、専権的にその管理を続けており、原告自身は、成人した直後には独立した生計を営む社会人としての暮らしをするまでに至っていなかったものということができる。
本件根抵当権設定契約は、そうした中で、原告の成人後わずか半年後に締結されたものであり、原告とBは、当時同居していたのであるから、Bが二〇歳の子供の印鑑やその所有名義にかかる不動産の権利証等を保管していたとしても、同居する親子の関係として一般によくみられるものであると考えられるし、また、原告ら子供たち名義の相続財産の管理処分については、Bが独自に行ったものがある一方で、原告の成人後においても、前記借換え時の甲一三号証(相互銀行取引約定書)のように原告自身の自署押印を得た上で行ったものも含まれているのである。これらの事実のほか、包括的代理権の授与というのは、親子関係であっても世上一般的に行われているとまではいえないものであることなどに照らせば、原告の成人後において、Bが原告から、個別の授権がなくともおよそ原告の財産を自由に管理し、処分してもよいとするような広範な内容の包括的代理権を授与されていたものとは未だ認め難いといわなければならない。
なお、本件の物上保証は、前記のとおり、原告が第三者である訴外会社のために自宅である本件不動産に根抵当権を設定するというものであって、将来にわたって原告に多額の責任負担を課す内容のものであり、相続税支払のために必要とされた他の財産の売却処分や相応の対価を得ての底地権の売却とはかなり事情を異にするものといわざるを得ない。この点について、被告は、Bが本件保証料を受領し、これをB家の生活費に充てていたから、原告も物上保証に見合う利益を得ていた旨主張するが、証拠<省略>によれば、Bは、主に不動産の資料収入によって生活費をまかない、本件保証料はその一部が生活費に充てられていたというにとどまり、むしろ、a教会入信後はこれら金員の大半が同教会に流れていたものと認められ、しかも、原告が右当時Bの保証料受領の事実を知らなかったことは前記認定のとおりであるから、被告主張のように右保証料がそのまま生活費に充てられ、原告が右物上保証による対価を得てきたものとは直ちに評価し難いところであるから、右保証料授受の事実だけをとらえて包括的代理権の授与を認めることはできない。
4 以上のところからすると、他に的確な証拠の存在しない本件においては、被告指摘の前記事情をもってしては、本件根抵当権設定契約及び同変更契約を締結して物上保証を行うことをも含めた趣旨での包括的代理権を授与した事実を認めるまでには至らないといわざるを得ない。
よって、被告の前記抗弁は理由がない。
二 したがって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安浪亮介)
<以下省略>